ソメイヨシノの開花は前倒しだったようだが、いわゆる“例年”の時期は微妙な花寒もやって来て。
そのくせ、GW手前でいきなり夏日が襲い来るという、
春もまた落ち着きのないままに過ぎ行く気配。
「暖冬だったのは助かりましたけど、
他のところじゃあ結局大雪降ったり吹雪いたりもしたそうですしね。」
遠隔地までわざわざその身を運ぶような立場ではないけれど、
組織の規模から言えば日本海側にも伝手はあり、
何かあったら融通し合うよな組織や団体から、
そちらの動向もこまやかに届いてはいるせいで、
時事的な話題も把握している。
そこからの流れなのだろう、
そっちもここ数日は随分と荒れた天候らしいとし、
このまま夏はまたもやの酷暑になるんでしょうかねと、
まだ4月のうちだというに半袖で闊歩する人々のそぞろ歩きを眺めやる部下の言いようへ、
「暑かろうが寒かろうが、きっちり仕事してるやつに嘆かれてもなぁ。」
苦笑交じりに言葉を返せば
腹心格の青年があははと軽やかに笑って見せた。
他には同坐する者もないし、なにより昼間の街中。
幅広な街路にドンゴロスの幌を張り出して設けられた
ちょいとお洒落な人気のカフェの一角のテラス席。
男二人で坐していてもさして違和感はなかろう、
むしろショップへの貢献は大きかろう程に顔面偏差値が双方ともやや高く。
街路樹が潮風に揺れるたび、さわさわと彼らの存在感を撫でているのへ
通りかかったOLだか女子大生だか、ついつい視線を奪われては顔を赤くしておいで。
“まあ、そういうことへは頓着のないお人だしな。”
胸のうちでそんなことを爪繰っている側近殿の笑顔は穏やかなままだ。
特に覆面待機中ということでもなし、
いちいち畏まることもなしという呼吸までちゃんと心得ている青年で。
その辺りの機微のようなものもしっかり把握している、よく出来た存在なため、
ついつい身近に置くことが多くなっての、今や側近扱いになっている。
日之本が飲まれそうなほどの事案に駆り出されるような並外れた実力を持つ上長様なので、
日頃は瑣事に振り回されることのないように、
されど下の者らの動向が届かないというのはやり過ぎだろうと、
その辺りのさじ加減も絶妙で、
ただ、時に自分へ山ほどのあれやこれやを集める水臭さが玉に瑕。
そういうところへ俺が気付かんとでも思うてかと、
たまに釘を刺せば今のような苦笑をこぼす困った忠義の者さんだ。
「…い〜い天気ですよねぇ。」
表向きは観光地ということになっているヨコハマだが、
その実、恩讐がらみの様々な権利関係が錯綜し、
結構な昔からの確執を下地に抗争の歴史も古い“魔都”でもあって。
陽当たりのいいところでは平和そうでお元気な賑わいを見せているが、
ちょっと裏へ回れば様々な罠やら魔窟やらが大きく口を開けてもいるおっかない土地柄。
“そういうのって、別に帝都やニューヨークでも同じなんでしょうけれど。”
普通一般のサラリーマンさんや政治家の方々も大変だろうが、
こちとら法規に権利を守られてない、今時 “自衛”せにゃならん部分多かりしな層の人間。
器用なだけでもダメ、清濁併せ飲むどころじゃあない、
何となりゃ異能を使って人命を見捨てたり
最悪、握りつぶす腹黒なところもなきゃダメと重々判ってはいる。
殊に、五大幹部様なんてな仰々しい肩書がある身、
下層のチンピラのそれのように判りやすい揮発性じゃあなく、
表向きは鷹揚に構え、何なら惜しげもなく愛想笑いも振りまいて、
組織の余裕を知ろ示す、判りやすい看板の役目も果たさにゃならん。
そっちはまだ良いが、
しょむない諍いで勝手をやられた恥をかかされたといきり立つ部下の心持がなかなか収まらない場合もあり、
何でそのくらいで鬼怒りになるかなと思ってもそこは組織の悲しいところ。
このままじゃあコケにされますぜとカッカ来ている面々の熱さまし、
意には染まぬがちょっとした報復を仕掛けて腹の虫を納めてやることもないではない。
『空き倉庫ではありましたが、結構激しい抗争があったようで、
火薬の反応もなかったですが、設備の粉砕の度合いが物凄くって。
でも数分かからずに撤収されたか負傷者もいなくて、捜査が行き詰ってるらしいんですよね。』
そこは自分の立場や職務もそろそろわきまえている探偵社の虎の子ちゃんが、
秘匿義務も判っていつつ…それでも窺うように口にしたのも、実はこちらの二人にも心当たりが重々あった事案。
駆け出しの物知らずへ灸をすえるのを兼ねてちょっとひと撫でしてやった代物で、
重機も使わずに崩れた倉庫内では多少は怪我人も出たようだったが、
関わりがあったと知れたらこのヨコハマで生きては行けぬと知ってた
向こうの上の者らが必死で運び出したようで。
新しい血痕は累々とあれど誰もいません、
重傷者が病院へ担ぎ込まれた報告もないですという奇ッ怪な案件になっているらしい。
公式な報告という情報を追っての捜査しか出来ない警察関係にはそこまでが限界、
もうちょっと踏み込める探偵社へとお鉢が回って来たらしく。
そしてそして、探偵社にしてみれば、現状のあれやこれやという資料を見ただけで、
『ああ、これは…』と目星というか想定というかがあっさりついた惨状だったりしたのだが、
異能者が関わっているようだという見解を述べるのが限界。
既に収拾している事態だし、
きっとの恐らく当事者たちの間では納得し合っての手打ちも済んでる。
蒸し返しても得るものはないね。
何ならスケープゴート、いかにもな身代わりにって恰好で
誰か若いのが突き出されるかなってところだよと、
名探偵さんが資料をパラパラめくっただけであっさりと見抜いてもいる。
『異能が公式に説明できない要素である以上、
身代わりだって判っていても警察サイドは受け入れるしかなく、
その事実をもって裏社会に貸しを作ることにもなりかねない。
だから、この話はそうなる手前のここで捜査不可能って打ち切るのが妥当だよ。』
異能特務課がまたぞろ徹夜を重ねてつじつま合わせをして、
いつの間にか閲覧禁止の帯がついてるファイルが増えるだけなんじゃないのかな?
異能や異能者という認識を政府が公式に認めてないのだもの、
いつまでもこういう事態は尽きなかろうねと肩をすくめた見解はごもっともな話であり、
「とはいえ、こっちもそうそう
名探偵やクソ鯖の遠回しなフォローに甘んじてるってのも業腹だしな。」
乱歩は詳細までを語りはしなかろうから、
後半の警察サイドは受け入れるしかない云々の部分は太宰あたりの弁に違いなく。
彼が元反社サイドの人間だったからというのを差っ引いても、
そういった駆け引きやら詳細な分析が出来る男だというのは
こちら側の人間にも知る者は少なくはなく。
そして、
察しがいい者はそうまで考えるが、
深慮が及ばぬ中途半端な為政者が点数稼ぎに余計な深追いをしたらどうなるか。
頭だけは回るが後塵のことは配慮もしない小利口な奴が
手柄欲しやで安易に引き受けた末に事態を引っ掻き回し、
触れちゃあならない異能についてを中途半端に掘り起こした挙句に、
そのせいで、マフィアの間ではとっくに公認されている火器でもある物騒な異能者が
口封じや威圧目的で人外的手法でもっての暗殺者になり果てるか。
“龍頭抗争再びみたいな騒動はごめんですよねぇ。”
まだ十代でその抗争のど真ん中にて大暴れをしていた元双黒ほどの実績はさすがにないが、
側近の彼もまた、壮絶な日々だった暗黒の時代を知ってはいる。
その後、似たような規模になりかねなかった物騒な案件も実は幾つか起きかけているが、
実際問題、ああまで大規模な騒動にはなっていないのも、
この帽子のお似合いな幹部様とその知己の皆様が死地へと飛び込んで活躍したからにほかならず。
中也の単独での発奮もすさまじいが、
まだまだ幼いと言ってもいいだろう
黒獣の異能者と虎の子くんとで、核心部の存在を薙ぎ倒してもいて。
短期集中で方をつけてしまうものだから、現場を知らない為政者らが事態を甘く見てしまうのではないかと、
そこを危ぶむ声もあれば、そこへ付け込めばいいだけの話とほくそ笑む人もいて。
……大人って いやぁねぇ。(おいおい)
かくのごとく、
視野が広くなれば、思うところが深くなれば、
錯綜する深みにまで色々と思慮をし配慮せねばならなくなる。
自分の足で歩いて行けるところまでが“世界”だった時代じゃあない以上、
尚更に見通せる域が広がった分の深慮は重要だったりし、
立場が上がれば上がるほど、自分以外の人間たちの分も配慮を抱えねばならずで。
“そういうのは面倒と言いつつ、
傍若無人に振舞ってあとは他人に放り出したり人任せにしない人だからなぁ。”
ざっかけない風を装って、むしろ面倒見が良すぎるところが困ったお人だ。
上は首領や世話役だった尾崎幹部を敬っておられるし、
下の者らへもあれこれ手厚くしてなさる。
そこを読み取れるような人物がうまく育っているのが微笑ましいとは、
その尾崎幹部や古株の広津などが把握しているところ…というのは余談だが。
「………うん。」
問題の案件のファイルを忌々しそうに眺めていた幹部殿。
不意にそんな切りのいいお声を上げたため、
収拾自体はもうついている代物で、それでも もやんとしていたらしいのを振り切ったかと、
腹心殿が胸のうちにてホッとしたその眼前で、
「今日は拠点にも戻らんでいい段取りだったしな。
悪りぃがこのまま直帰扱いにしといてくれ。」
「え? あ・ハイ。ですが…。」
傘下団体やカモフラージュにしているフロント商社つながりの取引先との会合や会食の予定も無し、
好きにしていい身ではあるが、こういう唐突さは直近には珍しいため、
え?え?と慌てて見せれば、
「ちょいと敦と逢ってくる。」
「…おや。」
そんな、その辺の茶店の給仕役の顔でも観に行くみたいにと、
背景が判っていればいたでギョッとするよな言いようなれど、
「あの毛並みを吸いたくなった。」
「…ゴージャスですものね。」
そうなんだよな、換毛期ってのはないものか、通年でふっかふかでよと
にっかり笑ってこっちの少々ちょけた言いように乗って下さったのは
よし逢いに行くと決めたそのまま、ご機嫌がいいからなのか。
“まあ、面倒ごともお勤めもないには違いないのだし。”
急報が入ったなら自分が対処すればよし。
この底抜けに楽しそうな、
もしかして急襲を仕掛けるものか悪戯でも思いついたようなお顔も久方。
お相手の虎くんには微妙に日常を騒がす大騒動の始まりになりかねないかもだが、
大雑把ということにしておこう、うん。
自分は幹部様の腹心だ、
仕事の補佐はするが、そこまで深慮するのはかえって思い上がりというものと、
今更“身分をわきまえ”た解釈を持って来て、
席から立ち上がった帽子のお似合いな幹部様を
一応は自身も立ち上がって笑顔でお見送り。
既に歩きだし、背中を向けたまま ちゃっと手を振る姿も小粋な
ポートマフィアの最強幹部を見送って、
街路樹の落とす木漏れ日を眩しげに見上げた腹心殿、
“とりあえず、高級茶づけのセットを用意しておこう。”
もしかしてあちらの社に属す元同僚さんとの小競り合いでも始まったなら、
小虎の少年にはダメージも降りかかろうからと、
差し出口は思い上がりだとわきまえたのはどなただったものなやら、
やはり周到な気配りを算段した佐伯さんだったりするのであった。
Happy Birthday Tyuuya Nakahara vv
〜 Fine 〜 24.05.02.
*中也さんの側近として時々出てくるこの人は、
完全オリジナルキャラで佐伯征樹といいます。
別ジャンルの二次創作に出している人で、
使い勝手がいいのでついつい。(名前や設定を考えないで済むしぃ。笑)
この人の上を行く
太宰さんタイプのお兄さんもいるんですが、そっちはさすがに…と思って秘匿。
……何の話だか。(すみません)
どこが中也さんのお誕生日話か判りにくいですが、
現場より執務室仕事とか商談(取引とか駆け引きもいう)の方が増えた幹部様、
大人の事情に、
そういうのが判ってる人だからこそ、性に合わずとも準じないといけないって、
大変だろうなと思いまして。
懐が深いと抱えるものも多いんでしょうね。
なので、リフレッシュしに行くのは奨励だとする腹心殿だったりするわけです。
修羅場では虎な敦くんですが、中也さんにしてみたら仔猫ちゃんなんだろうなぁ。笑

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